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2018年3月31日土曜日

神戸東灘区 魚崎八幡宮神社

今回は神戸の神社シリーズに戻って東灘区魚崎八幡宮の紹介である。先月2月25日の岡本梅まつり取材後に六甲ライナーに乗って神社に向かったのであった。南魚崎駅で降りるときに腰の痛みとともに右足がダル痛くなり足を引きづりながら神社にたどり着いた。這う這うの体で参拝を果たし痛みをこらえながら神社写真を撮ったのでした。我ながらエライというか全く馬鹿ですな。お蔭で脊柱管狭窄症が出て腰痛爺いになってしまった。トホホ。

さて神社記事を始める。

魚崎八幡宮阪神高速神戸線の横にある。南魚崎駅からは却って遠回りのようで、魚崎駅から徒歩で行くのが正解らしい。実際兵庫県神社庁の記事にも

六甲ライナー・阪神電鉄「魚崎駅」より東南東へ600m徒歩8分

と記載されている。地図を見てより近いだろうと判断するのは間違いですね。

すっかり忘れていたがこの神社は3年ほど前に灘の酒蔵を取材した時に偶然見つけて簡単に紹介していた。 灘の酒蔵  


上の記事ではおまけ紹介で、きちんと神社案内はしていない。それで今回は神社シリーズとして基準通りの案内として再紹介したい。



西の大鳥居

現在のお姿


3年前  微妙に変わっていますね。 ご神木の足元に石垣がありましたね。



神社のお隣はマンションになっている。梅の開花時期でした。


後鳥羽院天皇御神霊通御御小休奮跡 石碑

全く定かではないが、後鳥羽天皇の御霊がこの魚崎の地で一休みされたのを祭られた石碑のようである。

梅と常夜燈

鳥居横の常夜燈  こちらのほうは新品です。酒家中との銘がある。酒造業者の寄進だと思われる。魚崎は灘の酒処ですからね。


由緒舎と思いきや神社の掲示板であった。神社検定の案内ポスターでしした。


当神社は魚崎の八幡さんと呼ばれていて地元民に親しまれている。魚崎の氏神さまである。

それでは神社の基礎データを記述する。Wikipediaには記載がないのでいつものように兵庫県神社庁神戸の空の下で。~街角の歴史発見~の記事を参考にさせて頂く。


魚崎八幡宮神社 (うおざきはちまんぐうじんじゃ)

ご祭神:

主祭神 八幡大神 (はちまんおおかみ)

配祀神

春日大神 (かすがのおおかみ) 八衢比古神 (やちまたひこのかみ)

八衢比売神 (やちまたひめのかみ) 天照皇大神 (あまてらすおおみかみ)

久那戸大神 (くなどのおおかみ)

何度も同じで相済まぬが他の画像を見つけるのは困難。その他の神の画像は省略する。



由緒:

神社の由緒ではないが「魚崎」の名称の由来はこれである。

新羅遠征に向かうために軍勢を整えていた神功皇后が軍船をあつめさせたところ、魚崎の浜に各地から500隻もの船が集結した。その故事からこの地を五百崎(いおざき)と呼ぶようになったという言い伝えがある。また、不漁続きで困った漁民たちが領主に願い出て、豊漁を祈願して「五百崎」を同音の「魚崎」に改めたという話も伝えられている。


また、社伝によると、「往古神功皇后三韓を征し給ひ、御凱旋の途次御船此浦の沖より進むこと能はず。乃ち此地に軍船を止め、磯辺にありし大樹の松に艦綱を繋ぎて御占ひありしに、御船に斎き祭らせ給へる神の御誨あり。皇后其の神誨に随ひ給へば御船平安に海を航するを得たり」とある。

三韓征伐後の凱旋の途中で船が進まなくなったのでこの地に軍船を止め、磯辺にあった大松に艦の舳先を繋ぎ占ったところご神託がありそれに従って航海の安全を得たとされる。

其御船を繋ぎ給ひし松は、其後久しく立栄えしかば里人皇后の大御形見として仰ぎ奉りしが、何れの頃にか枯果て枯株のみ残りしを後世之に雨覆を造れり」その枯株と伝わるもの、現在社殿の東方境内にあって「神依松」という。

その松が後で紹介する神依松なのである。

後にこれらの由縁にもとづき「神依松」の傍に神籬をたて、八幡神を祀り、五百神社と崇め天照皇大神・春日大神を合祀したと伝わっている。

それでは境内の参拝を始める




手水舎  その背後には寄進された酒樽が並んでいる。松竹梅菊正宗瀧鯉桜正宗の4銘柄である。


奉納された立派な手水鉢でしたが実際には使われていない状態でした。酒樽業者からの寄進だそうです。


百度石

境内常夜燈二基

境内には猫が沢山集まっていて、そのうちの1匹が常夜燈の足元に置かれたペットフードを食べていた。


手水鉢  こちらが実際に使用されている手洗い場。

拝殿  比較的小さい社殿である。阪神淡路大震災で倒壊したものを再建した。
やはり酒造郷の魚崎らしく酒樽が奉納されている。浜福鶴桜正宗である。




拝殿前 狛犬二基  とても愛嬌のある可愛いい狛犬です。


拝殿中

八幡宮社額

いつもの儀礼だが 二礼 二拍手 一礼 を忘れずに。


拝殿常夜燈
拝殿側面

本殿屋根部分

由緒記にある 神依松の縁起碑


神依松の子孫(とされる) 

遺跡 神依松 の石碑
神依松の何代目かの切株


神社の御神木となる老松


松の幹の中空部は洞になっているが新たな枝を延ばしている。


境内社白髭稲荷神社

祭神白髭稲荷大明神以下七柱稲荷大明神白髭稲荷大明神祈願成就の神様


社碑


稲荷鳥居連

拝殿

狛狐二基


境内社の稲荷神社にもお神酒は欠かせない。ということで寄進された桜正宗と瀧鯉の
酒樽。


稲荷社を取り囲む玉垣

境内を我が物顔で徘徊するニャンコ


石鳥居

末社 名称は不明


トラ猫君


厄除けの解説板 おみくじが数珠つなぎ。 

これでおしまい。

六甲界隈の桜

昨年はたっぷり桜見物をしたが今年は腰痛のため遠出をする気にはならない。それで近場の一人花見をすることにした。実際昨年は桜記事を沢山書きましたね。
夙川の桜  六甲の花見 I  六甲の桜 III  おの桜づつみ回廊

ワイフは息子と津山さくらまつりにお出かけだったが、私は母の見舞いがあるのでパスした。長い間車に乗っていると腰が痛くなってくるという理由もあった。現在なんとか歩けるようになっただけでも良しとせねばならない。

桜もいつまで見れるか分からないという気分になっているので、今年も見逃すわけにはいかない。それで腰にバンテージをしっかりと巻いて六甲の桜見物に出かけた。

最初は六甲台団地の桜である。


4年前に一人花見を楽しんだ場所である。



神大正門前の桜


春の訪問を知らせるタンポポ


道路沿いの民家の庭に咲くヤマザクラ  ソメイヨシノよりも色合いが濃く鮮やかである。


六甲川の堰堤に咲く桜


六甲川を下って護国神社に向かった。まづはこちらで花見である。

護国神社前公園の桜


 新葉の出ている桜の木が1本あり、その木だけが緑っぽくって目立っている。


護国神社の桜

3年前の取材写真はこれです。 神戸灘区 護国神社

参道の桜  花見宴が開かれている。



境内の桜  まさに満開で花見客が集まり始めていました。家族連れで桜見物を楽しんでいます。また私同様桜を撮影にきた方もいます。


枝垂れ桜  ピンク色が一層濃いので特段に鮮やか。



10年位前は桜の大木がもっと沢山あって、満開時の花盛りは豪華絢爛でした。しかしその老木は寿命が来て若木に植え替えられている。桜は挿し木で増やすので寿命は短くて高々百年から150年ほどなのです。そんな事もあり現在は少し寂しくなっている。

お昼にはまだまだ早い時間なので花見酒はまだ始まっていません。


桜の花の(芸術?)写真


しばし花見を楽しんでから今度はバスで桜のトンネルを見に行くことにした。昨年も記事にしたがその時は薄曇りであった。 六甲の花見 II  

坂道を下る途中で会った私より少し年嵩のご老人が、六甲の桜は桜トンネルが一番の見どころとおっしゃったのでその意見に従うことにした。坂を登るには辛いなあと思ったが、桜の撮影日和なので行くことに決めたのである。


神戸市バスの観音寺で下車して桜のトンネルまで歩く。

桜トンネル

満開の桜トンネル


車も徐行運転で桜を見物している。


昨年より遥かに上手に写真が撮れたので何枚もアップする。

昇り方向の桜トンネル




桜の老木の切株  漢詩が書かれているようだが不明



下り方向からの桜トンネル


桜トンネルの桜も老木が多くなってきました。



寝そべって桜撮影の方もいます。


桜トンネルの碑

摩耶ケーブル下のバス停前の桜


そして18系統のバスに乗って三宮駅まで行き、駅高架下の定食屋でさしみ定食+生ビールを食し一人花見を終えたのであった。

桜の花を楽しんでいただけたでしょうか。これでおしまい。